写真の魔力について なに Cafe 2010年01月26日 ロラン・バルト海の 「喪の日記」は、親の死を肩代わりして悲しんでくれる稀有の書として、 肩の荷が下りてくる、 まだ読まないがそう思えた。 バルトは、其の喪の内から、写真論「明るい部屋」を書くのであったが、 親の子どもの時の写真に痛く感動し、親の本質の[善意]を発見できたとする。 仲の良い親子に世間はシットし、 子が親を介護することに邪魔を入れる。 それはあってはならないと言わぬばかりだ。 命が掛かっていることがわからないのか、 親不孝の果てに食うか食わないかの命の瀬戸際が着た、 かまってもらえぬクライアント、 介護しない家族たちが、 こちらの親子を仲良いゆえに非難することがある。 バルトは、親の写真集を出版したのかと思ったが、 それは今日的なアルバムの、ウェブ日記の考え方だった。 バルトは親の写真を公開しなかった。 日記の出版は、死後、10年かしてから、他者によってされ、生前に遺言した企画ともなっては否であろう、 ・・参考:http://leparadis.fc2web.com/2001/chambrec.htmhttp://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4622049058/leparadis-22 PR